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名刺

今回は『建築の話』というわけではありませんが、プロジェクトが立ち上がる時や現場が動き始める時、打合せの席で複数の人と一度にお会いして、その人達とこれから『長いおつきあい』になるという場面があります。私は生来人の名前を覚えるのが苦手で、こういう場面では苦労していました。

しかし、いただいた名刺にその方の似顔絵を描くようになってから(会議の隙をみてそっと描くことに成功したときだけですが)その苦労が無くなりました。ということで下にそれをいくつか並べてみましょう。

いろいろな職種で各々御1人にしてみました。内訳は、ディベロッパー、ゼネコン、電気サブコン、衛生サブコン、住宅販売会社、建築家、デザイナー、舞台マネージャー、音響エンジニア、メーカー、の方々(順番はバラバラ)です。

第一印象とは強烈なもので、昔のものを見てもその方の映像と仕事上の記憶が鮮明によみがえります。また、名刺に描かれているので、よくありがちな『顔と名前が一致しない』ということにもなりませんので、皆さんも一度試してみられると良いかもしれません。ただし、決して相手をマジマジと見つめずに。それから耳だけは打合せの本題をきちんと聞きながらでないといけません。



小さな生活

ここのところ、『小さいことは美しい』と感じることがあります。

先頃出席した戸建分譲住宅の企画打合せで、住宅のサイズの拡大指向はおおかたでは終焉を迎えていて、今まではそれに根ざした買い換え需要を見込めたが、それはすでに終わっている。という話題になりました。これはマーケット的には『供給が一巡した』とも言えます。しかし一巡した後の新たな需要は、多様化の中でも全体としては大きな住宅には向かわないように思われるのです。

今年の建築学会賞は純粋なデザインのとても小さな住宅が受賞しましたが、審査評にはその『小さな生活感』に感銘したというようなことが書かれていたと思います。住宅の小型化は少し前までは地価の高さに対する抵抗運動的な都心型狭小住宅など、本質的には『結果としての小型化』がおおかったと思いますが、今や住宅のメンテナンスにかける労働への価値観の変化、高齢化した単身者などが身の廻りを縮小して身軽になることを望んだりすることにより、『要件としての小型化』に変化しつつあるのではないでしょうか。それに、これはやってみるととても美しいかもしれない。今までの拡大=膨張指向の生活感こそ何かおかしいのではないかという思いがあります。

こういうことは地球環境レベルでも言えることなのでしょうが、静かに着々と小さな生活は美しいという価値観が浸透してきている。そのように思えるのです。



建築家のもうひとつの顔

やはりと言うべきか、どうもコラム欄を造ってしまって以来、勝手に重いものがのしかかってきてしまいました。重いついでに少し重い話題で始めてみましょう。

私は建築家には、一般的には経営者と教育者という二つの側面があると考えています。人を使う以上経営者であることは疑いの無い事実ですし、それを追求した生き方もあるでしょう。又、安易に教育者となることについては私自身は疑問を持っていましたが、最近になって若い人と接することの自分にとっての面白さを感じることがあり、これも否定できません。

他方、建築家の仕事はそもそも商業主義的な物質世界の中にあるにもかかわらず、『人の心』という精神的なものを相手にする仕事であるとも思います。
そうした中で、いまのところ私の進むべき方向はより良い経営者でも教育者でもなく、それ以外であるような気がしています。もしかするとそれは職人のようなものかもしれませんが、それはただ創り続けることで見えてくることなのかもしれません。